ネパール・中国国境の土石流で死者計900人超、行方不明者計約4800人に ネパールの学校では洪水直前に900人が無事避難

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ネパールと中国・チベットの国境沿いの地域で26日に発生した大規模な土石流は、31日午後までに国境の両側で死者が計900人を超え、行方不明者は計約4800人となっている。現地では懸命の救助・捜索活動が続いており、ネパールの水力発電所ではトンネルに閉じ込められているとみられる数百人の救出活動が急ピッチで進められている。こうしたなか、ネパールの学校では素早い避難によって生徒ら約900人の命が救われたことが、関係者の話から明らかになった。
ネパールの国家災害リスク軽減・管理庁(NDRRMA)は31日午後、これまでに確認された死者は903人、行方不明者は4247人に上ると発表した。
一方、中国・チベットのシガツェ市ギロンでは、現地時間30日午後6時時点で、16人の死亡が確認され、546人が行方不明者になっていると、中国国営中央テレビ(CCTV)が伝えている。
中国当局はギロンでの記者会見で、同地にある国境検問所で多数の死傷者が出たと説明した。
ネパール側の行方不明者のうち、数百人は水力発電所「トリシュリ3A」などの従業員とされる。933人が施設のトンネル内に閉じ込められているとみられている。
当局によると、中国やインドの専門技術者を含めた救助隊が連絡をとろうとしているが、トンネル内からの応答はないという。
多くの外国人も行方不明のまま
今回の災害では、多数の外国人が被害に遭っている。
ネパール観光局によると、30日までに同国側で289人の外国人が救助された。
NDRRMAによると、31日午後までに連絡が取れていない外国人は592人に上るという。
日本の木原稔官房長官は27日の記者会見で、ネパール側でツアーに参加していたとみられる日本人5人と連絡が取れなくなっていると明らかにしている。
各国当局の発表によると、インド人少なくとも320人、中国人約100人、アメリカ人90人、オーストラリア人41人、カナダ人30人がネパール側で行方不明となっている。
ネパール警察によると、ウクライナ人62人、イギリス人33人の行方が分かっていない。
中国CCTVは30日、中国側の行方不明者546人で、うち261人は23カ国の外国人だと伝えた。
生徒900人が助かる
ネパールでは、一人の学校長の判断で、生徒約900人の命が救われたとされる。
ヌワコットにあるトリブバン・トリシュリ中等学校のラジェンドラ・ダワディ校長がBBCに話したところでは、土石流が発生した26日の午前9時10分ごろ、災害について警告する電話などが相次いで4件あった。
「親の一人は、『大洪水が来るから、娘を連れて行く』と言ってきた」
「親はよほどのことがない限り慌てないので、子どもたちの避難に1秒たりとも無駄にしてはいけないと確信した」
校長はすぐに避難を決断。生徒らには高台へ逃げるよう指示し、生徒らを乗せたバスにはUターンして避難するよう命じた。
そのわずか10分後、洪水が学校に押し寄せたという。

「私たちが素早く決断していなかったら、もし10分遅れていたら、生徒と私を含めて全員、今日こうして話をすることはできなかっただろう」とダワディ校長は話した。
「これほど多くの命を救えたことを誇りに思う」
校舎は土石流によって、泥とがれきに埋もれた。

生徒らは当初、事態の深刻さに気づいていなかったとみられる。
ユニシャ・アマティヤさん(16)は、洪水が襲う直前、友人らと安全な場所に避難したとBBCに話した。
「私と友人たちは、わずか10秒の差で生き延びた」
「洪水が来る直前、私たちは教室で勉強していた。先生たちは一カ所に集まっていたけど、最初は何が起きたのか全く分からなかった。5分後に先生たちが来て、洪水だと説明し、私たちに家に帰るよう言った」
アマティヤさんによると、多くの生徒は当初、危険を過小評価していた。やがて、学校の裏手にある避難経路を通って丘を駆け上がったという。
「速く歩けなかったけれど、友だちが坂を登るのを手伝ってくれた」
「学校の裏にある幅の狭いはしごを使って逃げた。あっという間に、(学校のそばにあった)市場が目の前で跡形もなく流された」
「生徒や他の人々は、安全な場所へ避難しようと互いに押し合いへし合いしていた。別のルートで避難しようとした人たちは、流されてしまったようだ」

学校側の説明では、生徒と教員らは数百メートルほど丘を登り、安全な場所に移動した後、隣村へと向かった。
道路が寸断され、交通機関も機能していなかった。そのため、多くの人が救助隊が到着するまでの2日間、孤立状態に置かれた。
ダワディ校長とアマティヤさんはともに、学校から川を挟んだ場所にある自分たちの村に、ヘリコプターで運ばれて戻ったという。
ダワディ校長は、サイレンや避難警報など、より優れた警報システムがあれば、住民はもっと早く対応できたはずだと述べた。
今回は、即座に行動するという自分の判断が大惨事を防いだと、校長は考えている。
「もし授業終了を待って学校を閉鎖すると決めていたら、すべてが流され、9時半には学校の鐘だけが鳴っていただろう」
















